週報1面の牧師の文章を紹介します。
| 「熱き心をもって」 |
| 新約聖書の黙示録の2章から3章には7つの教会への手紙が記されている。その第7番目の教会がラオデキヤの教会である。この教会には次のような警告が記されていて、読むたびに身の引き締まる思いがする。 『3:15 「わたしはあなたの行いを知っている。あなたは、冷たくも熱くもない。むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであってほしい。 3:16 熱くも冷たくもなく、なまぬるいので、わたしはあなたを口から吐き出そうとしている。 …3:19 見よ、わたしは愛する者を皆、叱ったり、鍛えたりする。だから、熱心に努めよ。悔い改めよ。 3:20 見よ、わたしは戸口に立ってたたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。』 本日は昨年に続いてファミリーキャンプの第2回目となる。先にも週報で「参加すること」の意義を訴えたが、様々事情があって宿泊して語り合う方々は多くないようである。しかし、今年は日曜日を野外礼拝とし、教会からキゴ山までバスによる送迎を行うことよって出来るだけ多くの方々と教会の将来を見通して、「伝道」について考えることになっている。 昨年のファミリーキャンプ参加者による語らいのまとめをMさんがしてくださっており、今回の話し合いの参考資料として配布する。教会の統一見解ではないが、教会に集う方々の思いが現れています。これらに加えて、あるいは意見を深化させて、教会の中長期の伝道計画を整えていきたいと願っています。 教会の使命は端的に「伝道」です。伝道とは、イエス・キリストを救い主として紹介することとそのための全ての営みです。イエス様が救い主であると言うことは、全ての人にとっての真理です。イエス様を通して明らかにされた神の愛は全ての人を生かします。希望を与え、忍耐の力を与え、今を生きる勇気に満たしてくれます。だから、私たちは大好きな人、大切な人、そしてまだ出会っていない人々にイエス様を紹介するのです。 あなたにとって一番大切なものは何ですか?と問われたら私はまず、「家族」と答えるでしょう。そして次に「友だち」と続きます。人生の宝物、それは友達・友人です。友だちを介して新しい友達が生まれ、その交わりの輪・環が広がっていきます。町中に、国中に、世界中にです。このように世界に友だちが増えていくと、国と国が戦争するなどと言うことが馬鹿らしくなります。伝道と平和は密接に結びついているのです。イエス様を伝えるコミュニケーションの方法は様々です。アウトリーチ活動を充実させましょう。 熱き心を持って、あなたの一声・一番のメッセージを届けましょう。 |
| 「めぐみ夏祭り」 (2007年7月22日週報より) |
|
本日午後5時からめぐみ夏祭りが開催される。私が金沢教会に赴任した当時、すなわち12年前の「めぐみ夏祭り」は幼稚園の行事で、日中に行われていた。可愛い浴衣を着ての祭りもどこか雰囲気が盛り上がらなかった。しかし、折角するのだから夕方に親子で夕涼みをしながら夜店もあったら楽しいなあ、と考え、教会の全面的なバックアップを得て今日の形になった。
最初の頃は、花火もしていた。20連発の打ち上げ花火を50本も束ねて一斉に火をつけ、それは美しいものであった。また、カラオケ大会もした。飛び入り歓迎でC兄やS姉のご主人のフォークデュエットもあった。北陸グレース・マス・クワイヤの野外ライブや各務原伝道所からのブラジル人クリスチャンによる賛美とバンド演奏をしていただいたこともあった。その都度思い出に残る、そして実りある夏祭りをしてきた。 回を重ね、形は変わってきたが、目指してきたものは変わらない。それは、「親睦・融和」であり、「証し・伝道」である。一言で言えば「交わり」であろうか? 幼稚園教職員、園児とその保護者、卒園時関係者、地域の方々、そして教会員と教会に関わる者たちが、夏の一時、時と場所を共有して交わりを深めることはとても素晴らしい証し・伝道の時である。何せ、伝道集会を行い、沢山のチラシを配布して、結果として新来者は数人、時には1人ということも珍しくはない。そのような中、このプログラムでは、気軽に人々が教会の中に足を踏み入れてくださる。教会員の奉仕による食べ物屋さんでの語らいがある。教会の掲示物を読まれる方々もいる。ミニバザーもある。 一度教会の中に足を踏み入れて下さった方にとっては次回の来訪時、敷居は低く感じるに違いない。だから私たちはこの時を主にあって備えられた特別な交わりの時として過ごしたいと思う。教会の中にいてもなかなか親しく語り合うことは少ない方々もいる。教会員同士の交わりも大切にしたい。 先週の説教で「交わり」が教会の命であることを分かち合った。豊かな交わりのある教会は人が自ずとその交わりに加わってくる。つまらない交わりに加わる人はいない。私たちはどのような交わりを作りだしているのかを今一度検証してみることも必要であろう。そして、良い面と改善すべき面をしっかりと見極めて、更に良き交わりを作り出していきたいと思う。教会の交わり、主にある交わりは生命の交わりである。楽しいことは大切であるが、ただ楽しみだけでは十分ではない。他者を楽しませる交わりでなければならないし、そしてそのような交わりの根底には、主との交わりが先ず確立されなければならない。主の御名のもとで為される夏祭りをみんなで楽しもう。一杯の祝福を受けて! |
| 「幼児祝福礼拝を迎えて」(11月4日週報より) |
|
私たちの日本では、古来七五三の風習があります。その起源は、平安時代、室町時代、江戸時代と諸説はありますが、11月15日に神社にお参りするようになったのは江戸時代からと言われていますが、七五三の風習自体は以外と歴史が浅く、明治以降と言われています。 |
| 「アメリカ伝道旅行6」(11月18日週報より) |
| 一夜明けて10月9日(火)、少し遅めの朝食を取り、私とランドル先生はあの有名な黒人の人権活動家のマルチン・ルーサー・キング牧師の記念館を訪れた。ジョージア州の州都アトランタはかつてアトランタ・オリンピックで世界に知られたが、この地が今、全米の黒人解放運動の中心であることを知る人は多くはない。平日の午前中と言うこともあり、駐車場はガラ空きで、ガイド付きのキング牧師の生家を見学する際も混乱は無かった。 この駐車場で、私はS牧師夫妻と再会した。私の最初の任地若松で献身し、牧師の歩みを始め、病を得て日本での牧師の働きを断念して渡米し、大学で学びながらカウンセリングの資格を取り、アメリカの地でしたたかに頑張ってきた夫妻である。本当に久しぶりの再会であった。そして、彼らが立派にキリストの働き人として立ち、頑張っている姿に触れ、生きて働く神のみ業を確認させて頂いた。主の御名は誉むべきかな。 1日(木)にEメールが届いた。CBF(コーポレイト・バプテスト・フェローシップ)という大きなアメリカのバプテストの連盟の正式なスタッフに任命されたと。そして、予てからリクエストしていた「短期宣教師の派遣」についてCBFのトップリーダーのロブ・ナシュ博士が前向きに検討してくれていること、また、来年6月末のCBFの大会にCBFが正式に夫婦で招きたいと言うことを伝えてきてくれた。うれしいことである。 記念館を巡り、キング牧師の生家を訪ね、英語の説明を聞いた。驚くことに、キング牧師は当時の黒人社会の中では断トツの富裕層に属していた。2階建ての豪邸は、今でも十分立派である。だからこそ十分な教育を受け、エリートコースを上り詰めることが出来たのだ。しかし、彼の素晴らしいところは、その特権を、虐げられている同胞の人権解放に用いたことである。その働きと献身は世界が認めるところである。 私はあの有名な演説「私には夢がある(I have a dream!)」のCDを買った。キングの夢は叶えられた。そして今も前進している。マハトマ・ガンジーに学び、無抵抗、非暴力、不服従を貫き、凶弾に倒れ、自らのいのちを神の祭壇に捧げてキング牧師は今も彼に続く人々を励ましている。記念館に向かう前庭にかつてドラマ「ルーツ」の主人公クンタ・キンテの出生の様が銅像になっていた。赤ん坊のクンタ・キンテを両手で高々と捧げる父の力強さが、黒人解放の象徴となっているのだろう。キング牧師の墓の前に、永遠の火のトーチが静かにその炎をたたえていた。 一人の力は小さな力である。しかし、その力が結集した時、誰もが想像しない程の大きな力となる。祈りにおいて私たちも神の元で一つになり、夢の実現のために立ち上がろう。 |
| 「アメリカ伝道旅行7:世界バプテスト祈祷週間を覚えつつ」(11月25日週報より) |
| 10月9日(火)キング牧師の記念館を見学した後、ランドル先生の友人を老人ホームに訪ねた。ここで、私は、宣教50周年式典にも参加したアリソン・ランドル姉とその妹のデビー、そしてお母様にも初めてお会いした。わざわざノースキャロライナから私と会うために出てきてくださったのである。S牧師夫妻も同席し、にぎやかな昼食となった。日本から持っていった小さなプレゼントを渡し、会食を楽しみ、記念撮影をした。 皆様と別れて、一路アラバマ州のオプライカ市までフリーウェーを走る。途中韓国の自動車会社の新しい建設予定地を見た。目に付く車の多くは日本車であり、故障しないため一度乗ったら他の車には替えられないのだと、多くの人から聞いた。ランドル先生はトヨタのカムリの新車であった。トランクルームが広く、日本からの訪問者を迎えるのにいちばん便利なのだとその理由をお聞きして驚いた。来客に合わせて車を買うというスピリットに未だ衰えぬ宣教師魂を見た。 簡単な夕食をし、お隣の家に泊めて頂いた。というのは、ランドル先生が本の執筆中で、家中にその資料が於かれており、ベッドも無かったからである。隣家の老夫婦は大変親切で色々配慮してくださったが、英語の苦手な私は早々にベッドに潜り込んでしまった。 翌10日(水)は一日大忙しであった。ランドル先生の出席している教会のインターナショナル留学学生の為の英語クラスで証をすることになった。まず、附設の保育園を見学し、様々な資料を頂いた。子どもを預かる立場での「責任」を非常に重く、大切に受け止められており、そのためのマニュアルも整っていた。主任牧師との面会では、平和の問題を話すことが出来、ご自身地元の新聞にコラムを執筆していて、オープンに米国政府を批判していた。周辺からの批判は強いが、教会が全面的に牧師を支援しているという。 英語クラスの40名くらいの生徒のブレイク・タイムに「なぜ牧師になったのか」の証をした。否、ランドル先生に強いてさせられたのである。日本に関する新聞記事の質問も受けた。昼食は近くのレイク・ビュー教会で行われていた「世界宣教の集い」に参加し、そこでジェラルド・バーチ夫妻とお会いした。かつて新潟豊栄伝道所で奉仕された先生たちである。この教会は特に世界宣教に使命を持っており、世界中に宣教師を派遣していた。W・ジャクソン先生の弟さんにもお会いした。ジャクソン先生は、長く日本の宣教師として奉仕し、日米の教会の協力伝道を推進するために今日までご尽力下さっている先生である。いずれにしても、彼らの伝道、救霊のための情熱には驚かされる。このスピリットを私たちも学ばなければならない。このような人たちがロティームーンを始め、多くの宣教師を支え、生かし、世界伝道を担ってきたのだ。そして、後継者の育成にも力を入れていた。 |
| 「アドヴェントを迎えて」(12月2日週報より) |
| 教会の一年はこの「アドヴェント」から始まる。「待降節」と呼ばれるアドヴェントは、毎年、私たちに「変革」を迫る。それは、聖書とそのメッセージが、救い主を迎えるに相応しい「私」「私たち」になることを迫るからである。 本日の説教のテキストはヨハネ福音書の「バプテスマのヨハネに関してのもの」である。ヨハネは救い主の先駆者として、悔い改めを宣べ伝えた。エルサレムの住民は続々とヨハネの元に集まって、彼のメッセージに耳を傾け、悔い改めのバプテスマを受けた。すなわち、救い主を迎える準備として、人生の向きを「救い主に合わせた」のであった。 イエス・キリストは「世の罪を取り除く神の仔羊」としてこの世にやってきた。ご自身の犠牲の血潮によって全ての民の罪を取り除くためであった。私たちにはこの犠牲の献げものという概念は希薄である。なんでも水に流してさっぱりしてしまう私たちの精神風土、汚職も選挙のみそぎを受けたのでもう大丈夫、などと罪に対する恐れがないのが私たちの心に宿っている考えである。 しかし、聖書は罪を甘く見ない。罪の支払う報酬は「死」とはっきり宣告する。神との関わりから切り離された「いのち」、すなわち神を否定する「いのち」は「死んだいのち」である。死んだいのちには滅びが詰まっている。あらゆる問題がそこから出てくる。そのいのちの回復には、永遠のいのちが必要だと聖書は言う。その「いのち」をイエス・キリストが満たす。イエスの十字架は、私を生かす神の愛、神の自己犠牲そのものである。 クリスマスは、神の自己犠牲の決断が目に見える形で第一歩を踏み出したことを示している。いのちの回復の道がここからスタートしたのである。クリスマスには世の光が輝く。しかし、その光りは陰を作るように、この光りは神の痛みを伴っている。そして、神はわたしたちの為に痛むことをよしとされたのである。御子は贖いの死のために生まれるのである。 アドヴェントは私のために死ぬために生まれて下さる御子をお迎えする準備の時である。有り得ない、想像を絶するいのちの交換のための神のアクションの日である。私たちの罪と汚れが神の許しと祝福と交換される日、神の許しの前で、罪が無力とされる決定的な時の始まりである。 私たちに出来ることは、感謝と悔い改め。神の主権を認め、神を私の人生の主として迎えること。賛美し、喜びのおとずれを宣べ伝えること。恵みを誰かと分かち合うこと。ここに、バプテスト世界祈祷週間の原点もある。あなた・私のためのクリスマスを喜ぼう。 |
| 「真珠湾からゴルゴタへ」(12月9日週報より) |
| 昨日12月8日は、66年前、日本が真珠湾奇襲攻撃をし、太平洋戦争に突入した記念の日でした。私は、9条石川ネットの「平和を守る集会」で平和憲法を守ろう!憲法九条を守ろう!とキリスト者・牧師の立場でお話しさせて頂きました。 真珠湾攻撃の合図は12月2日に発信されていました。現地時間12月7日午前7時49分、6隻の航空母艦から発進した360機の陣頭一番機に淵田美津夫大尉は爆撃総指揮者として搭乗していました。作戦は成功し、米国太平洋艦隊に大打撃を与えました。トラ・トラ・トラ」「我、奇襲に成功せり」を打電した時、後に彼がイエス・キリストを信じ、ゴルゴタの十字架を誇り、伝道者になるなどと言うことを誰が知り得たでしょうか?また、5ヶ月後の翌4月18日、航空母艦ホーネットから飛び立ち、東京を爆撃したB25、16機のドゥ-リットル爆撃隊の一員であったジェーコブ・ディ・シェイザーが日本の捕虜生活を経験し、回心してクリスチャンとなり、戦後宣教師として日本に来るなどと言うことは誰もが想像出来なかったことでした。歴史に働く神のみ業の不思議を思います。 敗戦を迎え、真珠湾攻撃の英雄は人々の恨みをかう者となりました。職業軍人が戦いを好んで国を滅ぼしたというわけです。奈良の寒村に帰郷し、歩みを振り返り、愛国心の中味を吟味してみる時、それは言われ無き憎悪であり、偏狭と独善、無知無理解であった自分に気づきました。頭で分かるが心が付いていかない。戦犯裁判の証人として占領軍事法廷に喚問され、そこで見るものは、勝者が敗者を法の名において裁く復讐ではないかとさえ感じ、再び心が憎悪で包まれたのです。その時、アメリカの捕虜生活をして復員してきた人たちから「残虐な扱いを受けた」という証拠をつかむために浦賀に出向いた。そこで復員兵から聞いた言葉が心を打ちました。「あるキャンプに20才前後のお嬢さんがいて、親身も及ばぬ看護、お世話をしていた。訳を聞くと最初は渋って話さなかったが、やがて話してくれた。理由は「両親が日本軍によって殺されたから」。両親は横浜で20年宣教師をされ、外国人排斥でフィリッピンで働いていた。日本語が出来ると言うことで、スパイとされ、処刑された」とのこと。自分ならば、「両親を殺した日本人は難い。殺してやりたい」と思うに違いない。しかし、彼女は「両親が愛した日本人に仕えたい」と言ったという。淵田は心に感じるものがあった。そして、決定的出会いが彼を待っていた。驚くべき事に、彼は、GHQの呼び出しで上京した折り、先のシェイザー氏と出会い、キリストの福音を聞くのである。誠に神の経綸は計りがたい。目先のことだけを見ていたのでは、神の計画、神の祝福は分からない。愛する者のためには、万事を益と変えられる神の熱心を私たちは知らねばならない。クリスマスは神の愛の奇跡です。 |
| 「私のためのクリスマス」(2007年12月23日週報より) 牧師 田口昭典 |
| キリスト教異端といわれる「ものみの塔(エホバの証人」の方々は実に熱心に伝道される。その熱心さには「脱帽」である。しかし、パウロに従えば、「わたしは彼らが熱心に神に仕えていることを証ししますが、この熱心さは、正しい認識に基づくものではありません」(ローマ10:2)となるかも知れない。 私がかつて何度も受けた質問は「キリストの誕生は12月25日ではないことを知っていますか?教会のクリスマスは間違っていますよ」というものでした。私はいつも、「はい、よく知っています。実際にキリストが何年何月何日に生まれたかは分からないのです。でも、生まれたことは事実です。そして、ローマのミトラ教の冬至のお祭りの習慣を取り入れて、イエス・キリストの福音を多くの方々に伝える熱心な努力をした結果、今日のクリスマスが定着したのです」と応えてきました。 冬至は昼と夜が同じ長さです。冬至に向かって夜が長くなり、冬至を境にして昼が長くなります。キリストは預言者マラキによって「義の太陽」と預言されていました。「しかし、わが名を畏れ敬うあなたたちには義の太陽が昇る。その翼にはいやす力がある。あなたたちは牛舎の子牛のように躍り出て跳び回る」と(マラキ3:2)。そこで、教会は「罪の暗闇(夜)」を打ち破り、「正義の太陽(昼・光り)」として万民を照らす(救う)キリストの誕生をクリスマス(キリストのミサ(祭り)・Christ Mass)として祝い始めたのです。 アメリカ宇宙局NASAや現代のスーパーコンピューターを使い、天体運行の現象(クリスマスの星)を聖書の記述に照らしてケプラーの法則にしたがい計算すると、BC6年というのが大方の見解です。クリスマスの幼児虐殺をしたヘロデ大王の死がBC4年、2歳以下の幼児を殺したという証言と合わせれば、BC6年からそれ以前ということになるでしょう。 大事なことは、いつ生まれたかと言うことよりも、生まれたということです。「世の罪を取り除く神の子羊」として、全ての人を神の子とするために、その罪をご自身に背負い、犠牲の死(贖罪の死)を遂げるために、イエスが生まれたと言うことが大切なのです。 ですからクリスマスを祝うと言うことは「わたしの人生を喜ぶ事」と直結しているのです。なぜなら、クリスマスは全知全能の愛の神が、「私」を祝福し、「私と共に」人生を歩むために、イエス・キリストとして「私の罪」を取り除き、「私を神の子」として下さる喜びの日だからです。あなたのためのクリスマス、私のためのクリスマスを祝いましょう! |
| 「クリスマスの余韻の中で」(2007年12月30日週報より) 牧師 田口昭典 |
| クリスマスが終わった」とTVのアナウンサーや様々な司会者たちがかっているのを聞きながら、思わず、「まだ終わっていませんよー!」と画面に向かって言ってしまった。伝統的にクリスマスは1月6日まで祝うことになっている。というのは、その日を東方の国からやって来た占星術の学者たち(賢者)がイエス・キリストを礼拝した日とする伝説があるからである。 いずれにしても、クリスマスが12月25日で終わってしまうのは少々寂しい。フィリッピンでは、国外に出稼ぎに行っている家族が各地から帰ってくるクリスマスは1年中で一番賑わうらしい。カレンダーで「バー(BER)」の付く日からクリスマスを祝い始めるという。ということは、SEPTEMBER、9月から4ヶ月もクリスマスを祝うのだそうである。これも凄い話しである。 私たちの金沢教会で2年間臨時牧師をされ、私の尊敬する牧師の一人であられるA牧師はかつて次のようなことを言われた。言葉通りではないが、私の心に残っている先生の言葉を紹介したい。「12月25日でクリスマスは終わり、次は○○。というようなクリスマスの過ごし方は正しくない。クリスマスは単に消化される行事ではない。クリスマスのリースや様々な飾りをさっさと片づけるのには腹が立つ」、と。 私も同感である。クリスマスは出発なのだ。イエス・キリストの誕生を迎え、祝い、ここから新しい新しい旅・人生が出発するのだ。一人一人がキリストを自分の人生に、家庭に新しく迎えて、一人一人が新しく作られた者となる。この恵みを受けずしてクリスマスの恵みは色あせてしまう。 私はマタイ福音書2章の東方の占星術の博士たちが、幼子イエスを礼拝し、宝物を献げ、夢でヘロデ王のもとに変えるなとのみつげを受け、「他の道を通って」自分の家に帰って行った、という報告を聞く時、いつも心に思うことがある。博士たちは「喜びに満ちあふれて」帰って行った。否、あの所から、彼らの新しい歩みが始まった。神はいつも神を礼拝する者に、「礼拝以後」の歩みを備えられる。いつでも私たちには二つの道が備えられている。礼拝する者は、必ず、「他の道」、「もう一つの道」、「別の道」があることに気づかされる。その道は神が備えた道である。拒むことも従うことも自由である。神は、クリスマスを迎える度に私にチャレンジしてくる。あなたは私の備えている「別の道」「神の道」を選び取っているか?と。私たちはクリスマスの喜びの余韻の中で、新しい年を迎える。何と幸いなことか?インマヌエル・神われらと共に!の福音の響きを聞きながら新しい出発をする。一年を振り返り、感謝しつつ。 |
| 「新年の抱負」(2008年1月6日週報より) 牧師 田口昭典 |
| 新年最初の主の日を迎えました。クリスマスはまだ続いています。教会のカレンダーでは、今日1月6日は「顕現日」と言われ、伝説では東の国からやって来た賢者たちがキリストを礼拝した日とされています。「現れる」という意味の「エピファニー」と呼ばれます。カトリック教会ではクリスマスの祝祭日の一つになっています。 クリスマス気分は勿論、正月気分を降り払って、「さあ、仕事、仕事」となりがちですが、真のスタート、実りあるスタートのために、もう一度クリスマスの喜びと祝福を心に刻みましょう。クリスマスのメッセージは「インマヌエル」でした。「神われらと共に」です。ですから、新年を私たちは「神と共なる一年」としようではありませんか。神が先立ち、神が私たちのからわらにいつもいて下さることを確信して、委ねて歩みましょう。 そのような神の祝福に包まれて、新年の抱負を分かち合い、その抱負の実現のために共に祈り合い、励まし合えたら私たちの日々はもうそれだけで十分豊かなものとなるでしょう。早速、今週9日の水曜日は「新年幻を語る会」として水曜礼拝と祈祷会を行います。是非、お時間を作って参加し、参加された兄姉と夢・幻、ヴィジョンを分かち合い、教会として、また個人としてこの一年どのように歩むかを語り合いましょう。その祈りの声を3月の定期総会において教会の総意とし、教会の目標、活動計画の基礎としましょう。 私も個人的に沢山の目標を掲げています。減量に励むこと。これは急務です。健康管理は大事な仕事の一部です。当面、75キロまで体重を下げます。牧師としては聖書を学び、祈る事は当然ですが、新しい祈り方を開発しましたので、皆様にもご紹介します。それは、教会の50周年記念誌を利用する方法です。 記念誌の46ページから教会員の写真が掲載されています。この写真のお顔を見て、イメージを膨らませながら執り成しの祈りをするのです。これまでは名簿を用いていましたが、写真はそれに勝って素晴らしいものです。是非やってみて下さい。 同時に、記念誌は私たちの新しい出発と課題を明確にした内容を持っています。「宣教50周年信仰宣言」は「感謝・悔い改め・前進」の信仰表明です。新しい出発に相応しい信仰決断の感動が読むたびに湧いてきます。本棚にしまい込まず、ぼろぼろになるまで使いこなしてこそ価値が出ます。ミッションステートメントも私たちの原点です。 昨年末、川上哲司兄は聖書の通読を達成しました。ほぼ半年で読破しました。素晴らしいチャレンジだったと思います。「後の者が先になる」との言葉を思い出しました。2008年、私たちの教会の交わりの中に「み言葉と執り成しの祈り」が満ち溢れ、聖霊の神さまの祝福が一人一人に望むこと、これが私の祈りであり、北であり、一番の抱負です。 |
| 「教会形成と伝道活動に勢いを!」(2008年1月13日週報より) 牧師 田口昭典 |
| 牧師は教会形成と伝道活動に勢いが増し加わることを願っている。会衆派教会の力は信徒の祈りが土台である。水曜夜の祈祷会に参加された方々とみ言葉を分かち合ったあと、互いの幻、ヴィジョン、抱負等を語り合った。個人的な抱負もあれば、教会の全体に関わるものもあった。その中で、大切なポイントがいつくか指摘されていたので、この紙面で皆様に紹介し、共有の課題として取組んでいきたいと思う。 一つは、ファミリーキャンプや様々な場面で「良いアイディアや意見が出されているが、それっきりになってしまっている。継続して話し合い、結論を出して、先に進みたい」という至極もっともな意見であった。確かに夢を含めて様々な意見が今日まで出されているが、それが継続して話し合われたり、教会の活動計画の中で審議されて具体的な目標や計画になったことも少ない。中長期計画を策定したいと考えている中で、このような意見が出たことは主の導きであり、素晴らしいことであった。 丁度、責任役員会でも同様な意見が出ており、信徒会等で継続して話し合っていく必要がある事を確認していた。早速、この課題に取組み、今まで出された意見等をまとめ、必要な行動を起こしていきたいと思う。特に、ファミリーキャンプでの意見はすでにまとめられているので、各自に文書で配布し、信徒会、総会の議を経て具体的な活動計画にまで整えていきたい。全てが生かされるわけではないが、一つ一つ、出来るか否か、取組むか否か、継続して祈りの課題とするか否か等々の結論を出したい。 もう一つは、アウトリーチ活動のことであった。サンデーナイトや様々な教会の集会案内等をするが、段々案内出来ないマンションも増えてきた。ポスティングも結構勇気が要る。以前のように、少しお金をかけて新聞折り込み等をして広く案内をする必要もある、等の意見が出る中、短期宣教師の招聘の話しになった。丁度、富山小泉町教会の閔 丙俊牧師から1月20日(日)午後5時からのサンデーナイトの講師を引き受けて下さるとの連絡が入り、サンデーナイトの充実のためにもアメリカの教会から宣教師を迎え、サンデーナイトの充実、英語礼拝の充実等の夢が広がった。実際、その可能性をアメリカ側に打診中であり、現在の所良い感触を得ている。6月のCBFの総会への招待も受けているので、話しが進めば、直接協議することも出てくるかも知れない。 2008年度の特別伝道集会の講師の候補者を上げて頂こうとしたが、「どのような方がおられるのかも分からない」、「教会のことも十分に理解していない」、「他の教会からお招きするのも良いが、他の教会を訪問して学ぶのもいいのはないか」、という意見が出された。2008年度、3−4名の「学び隊(仮称)」で近隣教会への「訪問研修」という幻が掲げられた。 |
| 「アウトリーチは愛の実践」(2008年1月20日週報より) 牧師 田口昭典 |
| 協力牧師の北芳正先生が、ご自身の担当クラス成人科Bでアウトリーチ活動を大いに推進してくださっている。日頃集うことの出来ない方々への丁寧な通信である。お手紙を頂いた方々はきっとうれしいに違いない。なぜなら、自分のことが忘れられず、祈り続けられていることを知ることが出来るからである。先日もある教会員からうれしいお返事を頂いたことをご報告頂いた。 さて、私たちの教会の組織図を見ると、教育委員会(教会学校)と伝道委員会、そして信徒委員会(各会)の3つの組織を「アウトリーチ」という働きのラインが結んでいる。これは、私たちの教会がこの3つの組織を通してアウトリーチ活動を展開して行くことを示している。 先週の祈祷会後、アウトリーチ・リーダーのA姉が遅くまで封筒の宛名書きをし、アウトリーチ通信をしておられた。いつもの事ながら頭が下がる。と同時に、この働きはリーダーに任せきって良い働きではない。通常は、教会学校と各会の働きの中で推進されるべき者であり、アウトリーチ・リーダーは委員会や各会を動かしてこの活動に参加する者を常に起こし、励まし、活動を前進させる必要がある。 同時に、教会学校の各クラスは、在籍簿、在籍見込み者の名簿を整備し、定期的に、また、時宜を得て通信する必要がある。愛は祈りを生み出し、祈りは具体的行動へと私たちを突き動かす。私たちの教会に集う方々が少ない理由の一つは私たちの「愛の欠如」であろう。キリストの愛への応答は、キリストの愛を伝えることであるし、「最も小さい者の一人にしたのは私にしたのである」と言われるキリストの言葉に従えば、私たちがキリストに仕えていないことになる。自分たちを責める必要はないが、私たちは自分たちの使命と責任を自覚したい。「キリストが命を賭して愛しておられる方々に、キリストの愛をお伝えする使命」を。 愛の反対は無関心だと言われる。今ここに居るべき人が居ないことを当たり前にせず、関係を求めていくことこそ教会の使命である。先日「隣人に出会う旅−北九州−」に参加した高校生の証を礼拝で共に聞かせて頂いたが、ハウスレスとホームレスの違いを改めて知らされた。人間は関係性を失う時、ホームレスとなる。夫婦でも、親子でも、一緒に一つの家「ハウス」に住んでいても、関係性が失われたら、それはホームレスであり、私自身その危うさをいつもこの身に負っている者である。 あなたのことを忘れていませんよ。祈っています。お祈りしてください。元気な顔を見せてください。声が聞きたくて電話しました…。どんな言葉でも言い。教会が「あなた」を必要としていること、あなた無しでは成立しないことを伝えるアウトリーチに励みましょう。 |